こんにちは。札幌市豊平区の日本整形外科学会専門医、日本整形外科学会スポーツ医の合六孝広です。
中高年で肩の痛みにお困りの皆様!腱板断裂という病気があります。
この記事はこんな人にお勧め!
・肩が痛くて、病院を受診しようと思っている人
・腱板断裂と診断されて、薬を飲んだり、注射をしている人
・腱板断裂と診断されて、手術を考えている人
・腱板断裂の治療(概論1)を読んだ方
腱板断裂の治療を考えるとき、様々な要素が関係します。腱板断裂の治療(概論①)を読んだ方が、理解を深めていただくために、実在しそうな患者様を例に解説したいと思います
ケース① Aさん 50歳 男性 職業:大工の棟梁
今日はどうされましたか?
腕を上げると痛みがあります。
何か原因がありますか?
7月1日に脚立から落ちて、右手を地面に強くつきました。その直後に、右肩に痛みが走り、腕が上がらなくなりました。市販の鎮痛剤を飲んだら、多少痛みは楽になり、腕もある程度上げれるようになりました。ただ1週間たったのに、痛みがあるので受診しました。
現在治療中の病気や、これまで大きな病気をしたことがありますか?
何もありません。
レントゲンやMRIで骨折はありませんでした。ただし、内外側の方向に15mm、前後方向に15㎜の腱板の完全断裂がありました。腱板の周囲や関節内に血種と思われる所見がありますし、筋肉の脂肪化や萎縮もないので、今回のケガが原因で断裂したようです。
どうしたらいいですか?
今後も仕事を続けることを考えると、お若いですし、健康なので手術することをお勧めします。断裂も中等度の大きさですし、筋肉の脂肪化や萎縮がないので、手術をすれば腱板が治癒する可能性が高いです。機能の回復も良好と思われます。ただ、手術をしたら6か月間は重労働ができません。
9月末まで大きな仕事がいくつも決まっていて、仕事を休めません。10月になれば、仕事も落ち着くので、部下の者に実際の作業に関しては任すことができます。10月以降なら、手術後6か月間、大工仕事を休めます。問題ないですか?
3か月手術が遅れるのは、問題ありません。腱板が周囲と癒着するかもしれませんが、手術中に癒着を剥離すれば問題にならないでしょう。
手術まで、鎮痛剤を処方します。
肩関節の可動域が悪くなると、手術後のリハビリが大変になります。ストレッチをご自宅で行っておいて下さい。
治療法の選択:強く手術治療を勧める
この方の場合、保存治療を勧めることはありません。もし保存治療を勧めるとすれば、
①手術後に6か月間、大工のお仕事を休めない場合、
②手術後、リハビリができない時
だけです。その理由は、
・ 年齢が若く、活動性も非常に高い。断裂も15㎜×15㎜の完全断裂である。保存治療では、痛みがとれない可能性が高い。
・ 断裂の大きさは中等度ではあるが、腱板とその筋肉の質がいい。手術によって腱板が治癒し、良好な肩の機能が得られる可能性が非常に高い
・ 全身麻酔に伴う合併症を起こす可能性が、低い
・ 今後数年のうちに、ガンや心筋梗塞などの大きな病気になる可能性が低い
などとなります。
ケース② Bさん 75歳 女性 職業:なし(主婦)
今日はどうされましたか?
右肩が痛くて受診しました。
何か原因はありますか?
特に原因はありません。3か月くらい前から、自然に痛みが出てきました。動かすとき少し痛みはありますが、日常生活でそれほど困ってなかったので様子を見てました。何が原因か気になって受診しました。
現在治療中の病気やこれまでの治療した病気はありますか?
高血圧、高脂血症、糖尿病で薬を飲んでます。それ以外は特にありません。
レントゲンは異常ありませんでした。ただ残念ですが、MRIで腱板の不全断裂がありました。厚さの50%の関節面不全断裂です。
保存治療をまずは6か月間しましょう。薬を飲んだり、シップを貼ったり、関節に注射をしたり、リハビリを行っていきます。不全断裂ですし、痛みが取れる可能性が高いです。
痛みが取れなかったら、どうしたらいいですか?
もし日常生活で困るような痛みであれば、手術を考えましょう。
治療法の選択:まずは保存治療を勧める
この方の場合、保存治療をまずは勧めます。すぐに手術をするという選択肢はありません。
その理由は、
・ 日常生活で困っていない。
・ 不全断裂は保存治療で痛みが良くなる可能性が高い。
・ 高齢女性で活動性が低いので、高齢者に多い猫背姿勢やいわゆる巻き肩に対するリハビリ、薬物治療で痛みが取れる可能性が高い。
・ 全身麻酔や手術部位の合併症の可能性が、通常よりも高い。
となります。
また断裂の拡大のスピードが、不全断裂は遅いです。いろいろな報告があります。例えば37人を平均53か月経過を見た論文では、9人で断裂が進行、24人で断裂は不変、4人で小さくなったと報告してます。
そう考えると、年齢が進むにつれて、肩に負担になることをしなくなりますし、生涯手術が必要になるほどの痛みで困る可能性はそれほど高くないと思います。
もし6か月間保存治療しても痛みが増強していき、日常生活が困るようであれば手術を検討します。仮に6か月後に完全断裂に進行していても、よほど特殊なケース以外は小さい完全断裂です。6か月後に手術をすることのデメリットは全くありません。
保存治療で良くなっても、断裂の状態を確認するために1年に1回MRIで確認するといいでしょう。断裂がどんどん進行していくようなら、手術を検討します。
時々、患者様に「他の病院で腱板が部分的に切れているので、断裂が進行しないように腱板の上にある骨を削りましょうと言われた。それほど困ってないので、手術はしはくない。手術した方がいいですか?」と質問されることがあります。
その手術は、肩峰下除圧術といいます。
「 肩峰下除圧術で断裂の進行を予防できた。」という論文はありません。
逆に、「 肩峰下除圧術で断裂の進行を予防できなかった。」という論文はあります。
つまり、その手術は必要ありません。
ケース③ Cさん 65歳 男性 職業:なし
今日はどうされましたか?
左肩が痛くて受診しました。
何か原因はありますか?
特に原因はありません。6か月くらい前から、自然に痛みが出ました。良くなったり、悪くなったりしてたので、様子を見てました。良くならないので、受診しました。
現在治療中の病気やこれまでの治療した病気はありますか?
高血圧、高脂血症で薬を飲んでます。それ以外は特にありません。
痛みの程度はどのくらいですか?
市販の薬を飲めば、ある程度おさまってました。ただ、夜中や朝方に痛みで目がさめることがあります。
レントゲンは異常ありませんでした。ただ残念ですが、MRIで内外側の方向に20 mm、前後方向に20㎜の腱板の完全断裂がありました。また、腱板の筋肉が脂肪化と萎縮が少しあります。
どうしたらいいですか?
手術がいいでしょう。今、腱板を縫合すればきちんと治る可能性が高いです。
少し前に退職したところで、旅行したり、ゴルフをたくさんしたりといろいろ計画してました。どうしても手術しないとダメですか?
緊急性はありませんが、放置しない方がいいです。ただ、命にかかわるような病気ではありません。いま手術をしないのであれば、まずは半年後MRIをして断裂が大きくなってないか、筋肉が脂肪化してないか、萎縮してないか確認しましょう。それまでは、薬を飲んだり、注射をしたり、リハビリをして痛みを抑えましょう。もし、半年経過する前に痛みが強くなった場合は、早めにMRIをしましょう。断裂が大きくなるようなら、手術を決断した方がいいです。断裂が30㎜を超えると、手術をしても治らない可能性がかなり高くなります。
ゴルフはしてもいいですか?
ゴルフは体を捻る動作が主な運動なので、肩に痛みが出ないことも意外と多いです。できそうなら、プレーしても構いません。
治療法の選択:手術治療を勧める
それほど症状は強くありませんが、手術を選択した方がいいでしょう。
その理由は、
・ 65歳なので、少なくとも10年以上の健康寿命が予想される。
・ いま手術をすれば、腱板が治癒する可能性が高い。
・ 比較的健康なので、全身麻酔に伴うリスクはそれほど高くない。
この方のようにしばらく手術を希望されない場合は、定期的にMRIを撮影して断裂が30mmを超えないうちに手術をした方がいいことを伝えます。
手術の際、腱板のぼろぼろになっている部分を切除してから、残った質のいい部分を使って縫合します。結果的にMRIで計測していたよりも、大きい断裂を縫合することが多いです。個人的な意見ですが、遅くともMRI上の計測で25㎜以内に手術した方がいいと考えます。
完全断裂は、平均3.8mm拡大するという報告があります。だたし断裂の進行度合いは、かなり個人差があります。1年でほとんど変わらない人もいれば、5mm以上拡大する人もいます。かなり稀ではありますが、急速に断裂が拡大する方もいます。私はある程度の大きさの完全断裂の場合、最初は6か月後にMRI検査をすることをお勧めしています。
ケース④ Dさん 80歳 女性 職業:なし(主婦)
今日はどうされましたか?
左肩が痛くて来ました。腕も肩より少し上までしか上がりません。
何か原因はありますか?
特にありません。自然に痛くなってきました
現在治療中の病気や、これまで大きな病気をしたことがありますか?
高血圧、糖尿病、高脂血症、狭心症で薬を飲んでいます。5年前には、狭心症でカテーテル治療も受けました。2年前には胃がんの手術を受けました。
がんのステージはわかりますか?
ステージIIと言われています。今のところ、内科の先生には、がんの経過は問題ないと言われてます。
レントゲンで少し加齢による軟骨がすり減っている所見がありました。またMRIで内外側の方向に10mm、前後方向に10㎜の腱板の完全断裂がありました。また、少し腱板の筋肉が脂肪化と萎縮をしています。
お勧めの治療は保存治療です。薬を飲んだり、シップを貼ったり、関節に注射をしたり、リハビリを行うことです。
痛みは取れますか?
完全に取れるかはわかりませんが、日常生活困るような痛みはなくなる可能性が高いと思います。
切れている腱は治りますか?
保存治療で切れている腱板が、治ることはありません。ただし、Bさんはいろいろ病気を持っているので、手術による合併症の可能性が高いです。また、がんの再発の可能性もあります。再発した場合、そちらの治療を優先する必要があります。手術をしない方がいいでしょう。
腱が切れている人のうち、痛みがある人は1/3と言われています。そう考えると、断裂は小さいので、痛みが困らないくらいになる可能性は高いと思います。
治療法の選択:強く保存治療を勧める
この患者様に手術治療を選択ことは、ありません。理由は
・ かなり高齢で、女性でもある。それほど肩に負担のかかることをすることはないと思われる。
・ いろいろ病気を持っており、全身麻酔に伴うリスクが高い。
・ ガンの経過観察中で、ガンが再発する可能性が十分ある。
・ 断裂も小さいので、腱板の機能はかなり温存されている。
・ 高齢者に多い猫背姿勢やいわゆる巻き肩に対するリハビリやその他の薬物治療で痛みが取れる可能性が十分にある。
などとなります。
まとめ
実在しそうな患者様を想定して治療方法を決める私の考え方を解説しました。実際は、個人個人で少しづつ状態や希望が違うので、その都度考えながら治療方針を決定する必要があります。
また今回は年齢、職業、現病歴、既往歴、断裂の状態だけで話が展開されていました。実際は、診察の所見も非常に大事です。ただし、それを入れてしまうとブログの話が長くなりすぎるので、省略しました。
治療方針は、医師によって多少違いがあります。どのような医学書や論文を重要と考えるか、そして経験が影響します。主治医の先生とよく相談して、最善の治療方法を見つけましょう。